読むより, 見たほうが
映画版が先にできて, 小説版は後からです.
ぜひ映画版を見ることをお薦めします.
ベートーベンの第九を文字で表現しきれないように,
映画の「ショアー」は小説版以上の感動があります.
表情, 間, 困惑, 怒り, ためらい.
すべてがあって「ショアー」です.
汽車の音だけ響く
本当に絶滅収容所を体験した人ならこのように表現するだろう。
死んだ人たちは表現できないし、生き残った人の多くは語りたがらなかったが。
「あれ」を表現することはできない、普通の人の言葉とは違う別のことばでなくては。
とプリモレーヴィは書いた。
「あれ」を知らない人には理解できるはずがないし、知る人にはあえて言う必要がない。
そのように絶望した人がもしあえて語るなら
この映画(を本にしたこの作品)のように語るであろう。
そこには効果音もドラマも大げさな嘆きや告発もない。
たえず響くのは移送の汽車の響き。
つぶやくような、とぎれとぎれの、嗚咽まじりの独白。
死んだ人たちはこのようになら語られることを許すだろう。
生き残った人たちはこのようになら思い出さされることになんとか耐えるだろう。
この大作、大変な労作でしか表現し得なかったであろう詩が、恐ろしい美が現れたのを奇跡と感じる。
何ヶ国語で公開され出版されても「ショアー」という原題を変えることを監督は許さなかったという。
まさしく「ショアー」としか表せない、その感覚が深く納得できた。
この本、この映画の目的は?
ホロコーストの現実、その悲惨さを伝えること、その大切さを否定したいわけではない。しかし、クロード・ランズマンはシオニストだ。この本、この映画は何のためのものか? イスラエルの正当性を主張したいためだったら、何の意味もない。 ホロコーストだけを非難してパレスチナに対するテロを正当化する姿勢には到底納得することはできない。当然最低の評価となる。
ユダヤ人って・・・
うーん ユダヤ人に起きたことは 間違いない ホォロコーストそこで起きたことを 今実在している人にインタビューした映像を 永遠とながした?映画の本です。 ほんの一部に 映画にならなかった場面も付け加わっています。 その背景は描かれていないので 純粋にそこで起きたことを 知りたい人にはおもしろいと思います。 がそうでない人には・・・
何度でも読み返したくなる「詩」です。
強制収容所の周囲の住民は悲鳴を毎日のように聞いていた−−− ポーランド人の女はユダヤ人の女の美しさに嫉妬していた−−− 強制収容所関連の本はだいぶ読みましたが、 それには決して触れられていなかった事実に驚かされます。 強制収容所関連の本は、 2度手にとりたくなるようなものはあまりないのですが、 同書は、目をそむけたくなるような事実の積み重ねであるにも関わらず、 ランズマン氏が、映像美を追求したように、 まるで叙事詩のような(文体としての)美しさを湛え、 何度も何度も読み返したくなるんです。 なぜなんでしょう。
作品社
『ショアー』の衝撃 ショア [DVD] アウシュヴィッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察 溺れるものと救われるもの わが闘争 上―完訳 角川文庫 白 224-1
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